成人式

2020年1月14日 (火)

18歳成人と「成人式」(10)

 「成人式」について発言しているので、一度は成人式を見ておかねばならぬと思い立ち、蕨市の成人式に行ってきました。蕨市は成人式の発祥の地と言われていて、名称も昭和21年当時の名前である「成年式」と称しています。
 和服の女性にインタビューしたところ、レンタルで20万円とか。写真、髪も入れると30万円ですよね。月給にも相当する額です。それだけの価値があるのでしょうか。
 式は14人の青年の実行委員会が進めていました。前半は市長と来賓のあいさつ、ということで退屈でした。しかし、後半は若者代表の宣言や演奏などもあり、飽きさせないくふうがありました。特によかったのは、中学時代の教員が10数名出てきて、新成人に祝辞やエピソードを述べたことです。最高潮に達したのは、サプライズでダイゴと浜口京子が登場したときです。主催者も参加者を集めるためにいろいろ考えていますね。
 3日ほどまえにTBSから取材の依頼があり、私が蕨市の成人式に行くことを告げると、TBSの方々も取材に来られました。ニュース23ですが、成人式の歴史的な映像もあり、かなり長い時間の報道でした。成人式は18歳か20歳かという論点も取り上げられていて、私も若干コメントしました。

 







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2020年1月12日 (日)

18歳成人と「成人式」(9)

成人式は必要か?

 それでは当事者である新成人は成人式をどのように捉えているのであろうか。筆者は成人式を目前にした1月の最初の授業で学生たちにアンケートをとった。その結果、成人式に参加する学生たちの動機は、多くが同級生に会えるから、あるいは親が喜ぶからということであり、式典の内容にはほとんど関心を示していなかった。

 このような現状のなかで、果たして市町村が公費を使って行う成人式は今後も必要なのであろうか。明確に言えることは、法制度的にも民俗学的にも根拠が薄弱である「20歳を祝う会」については、地方自治体が公費を支出して行う意義は存在しないということである。先に述べたように、戦後「成人年齢20歳」を国民の間に定着させたのは自治体ごとに行う成人式であった。民法、公職選挙法、国民投票法、児童福祉法、労働基準法という成人を規定する一連の法律が成人を18歳とする中で、成人としての自覚を促し、国民の間に「18歳成人」の定着させるための成人式は当然18歳時に実施するべきである、というのが結論である。

 今後、中学・高校教育の現場では18歳成人に向けて、主権者教育、消費者教育、市民教育の新たな展開が求められる。これらと相まって、18歳での成人式が位置づけられるのであれば、公費で行う成人式もそれなりに意義があるということができるであろう。

(ご意見、お問い合わせは momo.suke●nifty.com まで。これからも18歳成人と成人式に関する話題をアップする予定です。)

 

 

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18歳成人と「成人式」(8)

「大人」とは何か?

 20世紀前半、昭和初期の日本社会では子どもから大人への移行期間は短かった。身体的な成熟は女子の初潮、男子の精通をもってはかれるが、当時は推定で13-15歳であった。戦前の実質的な成人式とも言える青年団への加入式は数えで15歳が多く、改正前の民法では女子は16歳で結婚することができた。

 戦後において、産業が成長し技術が進歩するとともに高学歴化が進んだ。民法の成人年齢である20歳においても多くの若者は在学していて、経済的に自立していないという事態となった。会社や役所において「一人前」と認められるのは30歳前後であり、結婚の平均年齢も30歳に近づいている。一方、身体的な発達は早まっているので、子どもから大人への移行は10代前半から30歳前後までおよそ20年に及ぶことになる。

 右肩上がりの経済成長が止まり、終身雇用制が崩れた1990年代からは大人と子どもの関係性も大きく変化する。大人が指し示す価値に対して子どもたちが疑念を抱くようになる。学校に行かないという「不登校」が大きな社会問題となる。学校教育も「個性尊重」する時代となり、教育方法も「指導」から「支援」へと大きく転換が求められた。大人の権威が失われる中で、「権威者」である市町村長や講演者が一方的に「諭す」タイプの成人式に対して拒否反応が示される。これが荒れる成人式の一因となるのである。

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18歳成人と「成人式」(7)

「荒れる」成人式

 成人式はもともと青年団から発想されたこともあり、市町村が主催する場合にも地元の青年団が自発的に関わることが多かった。ところが1960年代の高度成長期に、多くの若者が都市部に移動したこともあり、農村部での青年団が弱体化する。もともと参加率が低かった都市部を含めて、年々成人式への参加率が低下していった。1970年代以降、都市部を中心に和装で成人式に出席することが定着していく。和装の広がりは一方で経済的に参加しにくい若者を生み出すが、他方では華やかな式典に新成人を参加させたいという親の期待も高まり、出席率の低下傾向に一定の歯止めをかけたとみることもできよう。

 1999(平成11)年の仙台市の成人式で講演していた考古学者の吉村作造が、会場の新成人が騒がしく講演を聞く態度ではないとして講演を中止し退席するという事件が起きた。2001(平成13)年には高知市の成人式で新成人が市長に野次を飛ばすということがあり、また高松市では新成人が壇上の市長にクラッカー炸裂させ、刑事告訴にまで発展した。実際、当時の成人式では、新成人は会場に入らずに外で同窓生と興じたり、同窓会の待ち合わせに利用されることも生じていた。成人式会場付近で、ヤンキー集団の「代替わり」の儀式が行われることもあった。

 これらは「荒れる成人式」として社会問題にもなり、成人式不要論も登場した。意義のある成人式を創造するために新成人式研究会が2001年に設立されて、毎年、優れた成人式の実践を行った団体や行政を顕彰してきた。成人式が荒れた背景には、この時期に大人と子どもの関係性が大きく変容していることが上げられる。

 

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18歳成人と「成人式」(6)

成人式の起源

 それでは、現在のように自治体が公費で行う形の成人式はいつどうように始まったのであろうか。日本の伝統では人生の節々でそれを祝う行事が行われてきた。新生児のお宮参り、七五三、元服、結婚式、還暦祝い、等々。それらはそれぞれの家庭ないしは共同体でお祝い行事を行っていた。成人式が特異であるのは、すべての自治体が公費で行事を行っていることである。

 成人式の起源は、敗戦直後の1946(昭和21)年11月に埼玉県蕨市で「成年式」を実施したこととされている。これは、行政主催ではなく地元の青年団が中心となって行われたものである。蕨市は今でも成人式ではなく成年式と呼んでいて、「成年式発祥の地」の銅像も建っている。1948(昭和23)に制定された「国民の祝日に関する法律」によって115日が「成人の日」として祝日になった。なぜ成人の日が設けられたのかは定かではないが、敗戦後の日本を立て直すに当たって子ども・若者に期待が寄せられたことは想像に難くない。115日という日付の意味についても定説はないが、戦前は年齢の数え方が正月をもって加齢していて、武家社会の元服の行事も正月に行われていたことに由来するのであろう。なお、現在の成人の日は祝日法の改正により1月の第2月曜日に移動している。

 新しく制定された成人の日の行事として、蕨市などで行われていた成人式が全国的に採用されることとなった。当時はまだ中学卒業で就職就業する者が多く、また市町村ごとに組織されていた青年団への加入も15歳であったので、成人式を何歳で行うかは定まっていなかった。20歳での成人式が定着するようになったのは1956(昭和31)年頃である。逆に言えば、市町村が行う成人式の普及によって「成人年齢20歳」が国民の間に認識されていったと言うこともできる。その意味でも、成人式を何歳で行うかは重要なポイントなのである。

 

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18歳成人と「成人式」(5)

子どもの貧困と成人式

 成人式において特に女性の和装が広がったのは1970年代からである。1970年に発刊された塩月弥栄子著『冠婚葬祭入門』は700万部ものベストセラーであった。その中で「親は成人式を迎える娘に晴着を贈ってやる」という一項がある。著者は、親が多少無理してでも新成人に華美な服装をさせることを奨励している。高度経済成長の1960年代からバブルに至る80年代までは国民所得も年々増加していて、成人式に晴着を購入して着せることが可能であった。しかしながら、その後平成の間、実質的な所得は横ばいないし減少気味で、2016年では子どもの貧困率が16%となってしまった。晴着はレンタルでも10万円、新調すれば30万円以上の費用がかかる。これらの家庭の子どもたちは成人式に出席しているのであろうか。

 経済的な理由で成人式に出られない若者は、人生の出発点において社会から「排除された」と感じ、格差社会を実感することになる。現行の成人式の風潮では「自分は日本社会から必要とされていない」ことを感じる若者を一定数生み出していることが懸念される。

 18歳の成人式にメリットがあるのは、式典に学生服でもスーツでも和服でも「プライドをもって」出席できることである。服装にかかわらず出席できるのが18歳成人式の特徴である。そもそも成人式は、若者誰にでも平等に機会が与えられるべきものである。SDGs(国連持続可能な開発目標)の標語である「誰一人取り残さない」を推進できるのが18歳成人式である。

 

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18歳成人と「成人式」(4)

根拠がない「はたちを祝う会」

 2022年度以降に多くの自治体が実施しようとしている「20歳(はたち)を祝う会」には法制度的にも、民俗学的にも根拠がない。まず、法的には民法、公職選挙法、国民投票法といった成人年齢に関わる主要な法律は成人を18歳と規定している(少年法では20歳であるが、18歳への引き下げが検討されている)。20歳を根拠としている法令は、酒・タバコそして競馬・競輪・ボートレースのギャンブル関係である。「20歳を祝う会」とは、酒・たばこ・ギャンブルが解禁になったことを祝う会なのだろうか。「成人」になって2年もたってから行われる式典にどれだけの意味があるのであろうか。

 また、成人式は民俗学的には、子供から大人への移行を祝う「通過儀礼」の一種である。前近代社会では武士は「元服」という行事が数えで15歳のときに行われていたが、これも通過儀礼である。18歳は高校の卒業時期に相当するため、就職や進学という人生の転機に当たるので、通過儀礼としての成人式を行うのにふさわしい年齢である。これに対して20歳は若者にとって何ら「人生の区切り」にはならないのである。2000年前後に成人式が「荒れた」時期があった。そのひとつの理由は、20歳という区切りにならない年の成人式に意義が感じられなかったからであろう。

 

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18歳成人と「成人式」(3)

成人年齢引き下げの経緯

 18歳選挙権の課題が現実のものとして議論されたのは2007年である。それは、憲法改正のための手続き法である国民投票法案の審議に当たって、将来、18歳選挙権や18歳成人を実現することを条件に与野党が法案の成立に合意したからである。国民投票法案は20075月に成立し、この動きを受けて法制審議会は、200910月に「選挙権が18歳に引き下げられるならば、民法の成人年齢も引き下げるのが妥当」とする答申を出した。その後、政権交替の混乱で18歳選挙権問題は停滞した。結局、再び自公政権となり20156月に選挙権年齢を18歳以上とする公職選挙法改正案が全会一致で成立した。20167月の参議院議員選挙から18歳以上の者が投票に参加することになった。

 一方、民法改正により成人年齢が引き下げられたのは2018年であった。成人年齢の引き下げは多くの法律が関係していて、国民生活にも大きな影響を及ぼすため施行日まで3年程度の猶予期間が設けられた。18歳成人の実施は2022年度からということになった。18歳成人に移行するに当たっては、消費者保護や消費者教育、自立困難な若者の支援、市民教育の実施などいくつかの課題があった。政府では20184月に「成人年齢引下げを見据えた環境整備に関する関係府省庁連絡会議」を設置し、これらの課題を検討している。そのひとつが成人式の問題である。自民党では「成人式等に関するワーキンググループ(WG)」が201912月に提言書を出した。

 この提言書では、式の開催について「自治体の判断で20歳までの間の適切な時期に行うべき」としている。ここで問題なのは「18歳の人を対象に行う必要はない」と指摘し、「新成人を祝う会(仮称)」を「20歳の人々を対象として、現在の成人の日の前後に開催するのが望ましいという意見が多かった」と付記されたことである。その理由は、「18歳の成人式は入試直前の期間に当たること」「20歳で旧友と再会して落ち着いて式典を行うのがよいこと」「和服・写真館など関係業界への影響が大きいこと」などであった。

 今後は先の関係府省庁連絡会議が3月までに、成人式の実施を含めて18歳成人に伴う諸課題についての指針を示すことになっている。

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18歳成人と「成人式」(2)

何が問題なのか?

 民法改正により2022年度より成人年齢が18歳に引き下げられることになった。それに伴い、従来各自治体で行われてきた成人式をどうするのかが、今課題となっている。成人年齢が18歳になるのであるから成人式も18歳で行うのが当然と思われるのであるが、実際には仙台市、宇都宮市、豊中市など多くの自治体が引き続き20歳で催しを行うことを表明している。

 18歳選挙権・18歳成人の実現に向けて発言してきた者として、このような自治体の動向について危惧を抱いている。というのは、国が法律で「18歳から成人です」と言っているにもかかわらず、自治体レベルでは「20歳までは大人ではありません」というちぐはぐなメッセージを出すことになるからである。成人年齢の引き下げによって、中学校、高校段階で市民教育の必要性が改めて認識され、今年度から導入される学習指導要領でも市民教育に相当する学習内容が重視されている。学校現場で「大人になるための教育」を構想する際に、成人式のあり方もひとつの課題となるであろう。まずは、これまでの経緯についてみてみよう。

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2020年1月10日 (金)

18歳成人と「成人式」(1)

 2022年度に成人年齢が18歳に引き下げられます。これに伴い今、成人式を何歳で行うかが課題となっています。現行通り20歳で「はたちを祝う会」を実施すると表明した自治体が出てきています。

 しかしながら、20歳で成人式を行うことには大きな問題があると感じています。 

  1. 「はたちを祝う会」には2つの点で根拠がありません。成人式は「新成人」を祝う会であるので、20歳では法制度的な根拠がすでに失われています。また、成人式は民俗学的には子どもから大人への移行を祝う「通過儀礼」です。20歳は誰にとっても人生の節目にはなりません。その点、18歳成人式は高校から就職、進学の年であるので、通過儀礼としても意義があります。
  2. 18歳の成人式のメリットは、和装だけではなくスーツや学生服でも出席できることです。「子どもの貧困」が問題になっている今日、誰でもが参加できる形の成人式が望まれます。入試直前で落ち着かないというのであれば、開催を3月などに移せばよいのです。
  3. 18歳は高校3年の時期に当たるので、確かに式典の実行委員会などを組織しにくいです。全員が18歳となる翌年(19歳時)に成人式を行うことはひとつの代案としては考えられます。一年以内であれば「成人式」と名乗ってもよいでしょう。 

    皆さん、どう思われますか?

                         田中治彦

                         momo.suke●nifty.com




     

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