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2012年8月

2012年8月10日 (金)

柔道とJUDO

テレビにある種目のメダリストが登場した。首には金メダル1つ、銀メダル3つ、銅メダル3つがかかっている。金を含めて7つものメダルを獲ったのに、メダリストたちの表情はさえず笑顔はない。他の種目であれば7つものメダルを獲得すれば大絶賛だろう。現に金メダルはないのに11個の銀と銅を獲得した水泳は大いにもてはやされ、選手たちも満面の笑顔である。

柔道は日本発祥のスポーツ、すなわち「お家芸」ということで金メダルを取って当然という雰囲気がある。しかしここまで世界的に普及をしたのだから、もう「お家芸」にこだわらなくてもよいのではないか。サッカーの発祥がどこだとか、バレーボールの祖国はどこだとか気にする人はいないのである。

さらに言えば、「柔道」と「JUDO」は別物と考えてはどうだろうか。柔道は日本古来の柔術から発展して、単に技や強さだけでなく一生涯にわたって人格の修養がめざされるものであり、スポーツとはそもそも別物であった。この根底には禅仏教の精神がある。

JUDOは、日本の柔道を起源とはしているが、近年は国際的に広がりを見せて、一定のルールとフェアプレイの精神のもとに行われる世界的な「スポーツ」をさす。

このように分別して考えた方がすっきりする。オリンピックで行われているのは柔道ではなくJUDOであり、人格の修養を一義的な目的としているわけではなく、決められたルールのもとで最高の勝利をめざすスポーツなのである。

このように考えれば、7つものメダルを獲った選手たちは、水泳のように賞賛されて、笑顔で帰国できるであろう。さらに言えば、こうした意識変革により、今後のオリンピックにおいて、より多くのメダルが期待できるようになるのではなかろうか。

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