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2011年8月20日 (土)

開発教育の終焉?

開発教育は教育活動なので、ボランティアやNGOと違って「贈与のパラドックス」はもともと抱えていませんでした。

ただ、我らが開発教育の世界も、来年DEARが30周年を迎えます。そろそろ終焉というか、「出口」を考えておいてもよい頃です。

どのようなときに開発教育はその目的を達したといえるのでしょうか。

  それはそもそもの課題であった「貧困」がなくなる時?

  開発教育が津々浦々普及してしまう時?

いずれもハッピー・エンドですね。

  ESDとかグローバル教育とか、他の用語に置き代えられるとき?

これは何ともいえません。

  なんとなく人々の関心が薄れて集会にも集まらなくなるとき?

これは困ったものです。

今月末までタイのチェンマイに出張しますので、帰ってきたらまたゆっくり考えてみたいです。

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コメント

まず、30年も続けてきたことがすごいなと
思います。「石の上にも3年」といいますが、
その10倍。意志だけではとてもできない
はず。次の世代の人にも支持されている
証拠だと思います。

1.ハッピーエンドのケース
たぶん、そうした感じにはならなくて、
新たな問題意識を膨らませたりするのかな?
と思います。「問題と解決」を考えている方が
ハッピーな人が多そうですし。

2.他の用語に変わるケース
これが一番起りやすいと思います。時代の変遷
にあわせて、発展的に感じられ、問題意識も
持続的。

3.なんとなく関心がうすれるケース
これもありそうであまりないのでは。
「開発」という言葉からは離れるかも
知れませんが、関心が薄れるというよりは
関心が移動するみたいなことになりそう。


ということで、3つの出口は実はひとつの
大きな出口でもあるのかな?と感じました。

投稿: 森井哲也 | 2011年8月21日 (日) 12時18分

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