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2011年8月

2011年8月28日 (日)

チェンマイで開発教育セミナー8

立教大学ESD研究センターは2007年度から、日・タイによるグローバリゼーションと参加型学習のプロジェクトを主催しています。最初の3年間で参加型学習のマニュアルを作り、残りの2年で、それをアジア各地に普及する、というのが一応の目的です。『参加型学習で世界を学ぶ』と題するタイ語のマニュアルは昨年に完成しました。

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さてアジア各地への普及、というのが2010-11年度の目標なのですが、タイだけでも普及に7年もかかっているのに、高々2か年でアジア各地に普及するわけはありません。アジア各地から日本にリーダーを呼んでくるのにもお金がかかりますので、一度や二度セミナーで数名を招いたのでは、あまり効果がありません。

そこでESDセンターとDEARでは無い知恵を絞って考えました。日本ですでにアジア各地から研修生を集めている「アジア学院」があります、そのカリキュラムの中に組み入れてもらえないだろうか、ということです。話しはトントン拍子で進みました。アジア学院も講義形式だけではなく、参加型の学習を積極的に取り入れようとしていたからです。

第1回目のセミナーは昨年の7月に行われました。タイからはチャチャワンさん、プラヤットさんら5名のスタッフが参加しました。日本からは立教とDEAR6名。そしてアジア・アフリカから来ている研修生とアジア学院のスタッフ約30数名です。

その模様はこのプログの「2010年7月19日~22日」に写真入りで報告しています。

http://momosuke2010.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-f0fb.html

今年は9月の3週にやはりチャチャワンさんやプラヤットさんを招いてアジア学院で行います。その報告会を立教で9月22日にやります。このプログでもご案内とご報告する予定です。

日本とタイで生れたワークショップがアジア・アフリカの研究生の皆さんにどう受入られるか興味あるところです。

[参考]タイでのこれまでのプロジェクトについては、田中と上條が共著で『開発教育』58号(2011年8月、明石書店)で報告しています。

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2011年8月27日 (土)

チェンマイで開発教育セミナー7

タイと日本とで共同でここ数年セミナーをやってきて感じるのは、両者の状況が非常に似かよってきたということです。一言でいうと、タイもすでに大量消費社会で、都市型の生活者が多くなったのです。

DEARが作成した教材はそのほとんどが「消費者」として世界の問題を考えていくものです。それらの教材が受入られる素地がタイにもあるのです。それを感じたのは「ケータイの一生」という教材を3年前に実施したときでした。携帯電話はタイでは日本より普及しているのではないか、と思われるくらいです。それは家電のインフラが十分でなかったせいもあります。ちなみに、タクシンは携帯電話のオーナー社長として財をなし、首相にまでなりました。

北タイには若者のためのNGOもあり、ケータイを始めとしてDEARの教材を積極的に学んでいます。ガブファイという民衆演劇を行うグループがあるのですが、そのグループは「若者が自分のルーツを知るワークショップ」を行ったばかりだと言います。

これは私たちが昨年作った「若者のためのESD」と同じ発想です。ついに!タイでも「若者の居場所」が問題となり始めたようです。来年は、ぜひそれぞれのワークを交流しよう、などど話し合っています。

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2011年8月26日 (金)

チェンマイで開発教育セミナー6

今回ISDEPから要望があって行ったワークが『地球の食卓』です。これは昨年DEARで発刊されたものです。セミナーではこの中から「フード・マイレージ編」を上條さんのファシリで行いました。

日本で普段食べているものが、どれだけ遠いところから(あるいは近いところから)運ばれてくるかを数字で表わすものです。それによってその食べ物が環境にかけている負荷がわかります。単純な掛け算なので、コーヒー農園ほどには混乱?はありませんでした。

ただ日本の食料自給率がわずか40%で、多くの食品や飼料を海外に頼っているのに対して、タイは140%ということでむしろ食料の輸出国です。こうした事情の違いがあるので、果たしてフード・マイレージのワークがタイにおいてどのように受入られるかは不明です。上條さんとも「地球の食卓のフォト・ランゲージ編をやった方がよかったかも」などと話していました。

その後ある参加者の感想を聞くと「こういう考え方には初めて触れた。私がやっている活動にも取り入れるヒントがあった」というものもありました。エコロジカル・フットプリントの例にもあったように、当初の想定とは似ても似つかない活用法がありえますので、フード・マイレージについてもこの後どうなるのか何とも言えません。

似ても似つかない、といえば「ヒツジ、虎、ライオン」というワークがあります。DEARのワークから学んで作ったと彼らは言うのですが、その起源がまったくわからない程にユニークな教材です。今回のセミナーでも披露されたのですが、あるヒツジの村にある日虎がやってきます。虎はヒツジをだまして土地を自分のものにします。ヒツジの中には虎の仲間になって顔だけが虎になるヒツジもいます。しかも虎の裏には彼らを操るライオンがいる、というような話しです。

村でこの物語を実演した後に、村人どおしで、ヒツジは誰か、虎は誰か、ライオンはどこにいるのか、などを話し合います。この教材は山岳民族であるカレンの村で開発されたものです。カレンはもともと文字をもたなかった代わりに「寓話」が得意なのです。通常の講義やワークでは乗ってこない村人も寓話を語りだすとがぜん身を乗り出してくるのです。

カレンの家は高床式で、かならずはしごを何段か上って家に入ります。参加者の一人はこう言いました。「参加のはしごは、私たちが村の自立という家に入るためのはしごなのです」

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              ヒツジ、虎、ライオン

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2011年8月25日 (木)

チェンマイで開発教育セミナー5

今回、日本側からは私が「参加のはしご」を、上條さんが「フード・マイレージ」をやりました。

「参加のはしご」はもともとはロジャー・ハートが大人と子どもの関係性について考えたものですが、それを私が「NGO編」に加工しました。今タイの現場では住民「参加型開発」が花盛りなのですが、その実「参加」とは何なのかが今ひとつ理解しにくいのではないか、と思います。

そこで一口に参加といってもさまざまな段階があり、さらには参加にはプロセスがあることを知ってもらうのに「参加のはしご」はうってつけなのです。

このワークをチェンマイのセミナーで最初にやったのは2007年のことでしたが、このときは私が参加のはしごのワークをしている途中で、ISDEPのプラヤット代表が出てきて、「君たちが関っているプロジェクトで、村人との関係はこのはしごの何段階めか考えてみよう」などと、ワークを横取りしてしまいました。

その結果「村人が意見を言っていれば参加と思っていたけれど、実は5段めだったのだ」とか「私の村では7段階の村人主導の開発にまで行っています。今日改めて自信をもちました」あるいは「プロジェクトの成果を急ぎすぎて、3段の形式的参加だったかもしれません」などの反省や感想が出ました。

「参加のはしご」は参加型開発を考える上で欠かせない、ということで、今回作成されたハンドブックの中でも最初のワークに位置づけられています。

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2011年8月24日 (水)

チェンマイで開発教育セミナー4

コーヒー教材とは正確には『コーヒーカップの向こう側-貿易が貧困をつくる?!』という名前で、DEARの高校の先生たちのグループが作りました。一時期DEARの集会などでよく使われたのですが、最近はやや下火です。しかし、ここタイではまさに今、花が咲いています。

今回タイ側がやったのがこの中から「アロマ農園」というワークです。各グループはそれぞれ自営農民で、10区画の農地をもっています。そこに多国籍企業であるエスプレッソ社が来て、コーヒーの作付けをすすめます。各グループは毎年何区画コーヒーの栽培に回すかを考えます。

豊作で儲かる年、冷害で不作の年、豊作だが国際価格が低くて儲からない年、などを経て、最終的に各グループがどれだけ利益を上げたかを競います。このワークのおもしろいところは、作付けする区画次第ではそれなりの利益を上げるグループがあることです。もちろん損をするグループもあります。

コーヒーなどの商品作物の作付けは得することも損することもあります。グループによっては子どもを進学させられるだけの利益を得ます。一方で、エスプレッソ社は不作の年も豊作の年も利益を得るしくみになっていて、村人全体の利益の100倍もの利益をもっていきます。

そのへんのしくみがよくできているワークです。ちょっと計算が難しいのがこのワークの難点です。

タイで最初に披露したのは2005年でしたが、そのときはグループによっては計算にてこずりました。「計算もできないのにコーヒーなんか作るな。そんなことでは損するぞ」などというコメントもありました。

当時はタイではコーヒー生産はなじみがないため、タイではタマネギか生姜にしようか、などと話していました。ところが、最近は北タイはコーヒーブームで、とくに山岳部で作付けが進んでいます。というわけで、まさにタイムリーなワークとなったのです。

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              企業は常に利益をあげているが ・・

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2011年8月23日 (火)

チェンマイで開発教育セミナー3

タイ側が実施した「エコロジカル・フットプリント」はもともとはカナダの環境教育から生れたものです。タイでもグローバルなテーマをすぐに取り入れるのはすばらしいと感心していました。

ところがやってみてびっくり! エコロジカル・フットプリントは、自分たちが環境に与えている負荷を、陸地面積に換算して足跡の形にしたものです。何と、これを焼畑をした罪で投獄されている山岳民族の人の釈放の道具として使おうというのです。

すなわち、山岳民族の人々は焼畑を分を入れたとしても環境への負荷が少ない生活を代々営んできたので、それをエコロジカル・フットプリントで数値化するわけです。彼らは「国有林をかってに焼いた罪」「CO2を出して温暖化させた罪」などが加算されて投獄されています。裁判では、彼らがいかに環境に負荷を与えなかったか、それに対して都市の住民がいかにフットプリントの大きい生活をしているか、を証拠として提出するのだそうです。

これがどれだけ効果があるかはわかりませんが、フットプリントが不当逮捕に反対するための道具として使われることに驚きました。

このように先進国で開発されたワークショップが、タイではまったく違う目的で活用される、ということはよくあります。DEARのコーヒー教材もそのよい例です。

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2011年8月22日 (月)

チェンマイで開発教育セミナー2

今回のセミナーでは、日本側からは私が「参加のはしご」を、立教大学の上條さんが「地球の食卓-フードマイレージ」をやりました。タイ側からは「お買い物ゲーム」「エコロジカル・フットプリント」そしてコーヒー教材が紹介されました。

「お買い物ゲーム」は貿易ゲームをヒントに作られたものです。タイでは貿易ゲーム自体も評判が高くて北タイじゅうで実施されています。お買い物ゲームでは、いくつかのグループに分れます。それぞれが一家族という設定です。そしてある家族は「月収4000バーツ(約16000円)で暮らす労働者の家庭」、別の家族は「月30000バーツ(約9万円)の技術者の家庭」というわけです。

それぞれの家庭が月の収入に応じて「村の市場」「スーパー」「コンビニ」「デパート」「専門店」などで買い物します。そして時間内に何を買ったかを発表します。「ケータイとパソコンが買えた」家庭があるかと思えば、「私は生まれ変ったら、この家庭にだけは生まれたくない」といったコメントも・・

そして買ったものを「生活に絶対必要なもの」「やや必要なもの」「あまり必要ではないもの」に分類します。そこで自分たちの消費行動を反省するわけです。またそれぞれの商品がどこからきているのかを学びます。

このワークなどは日本でやってもおもしろいでしょう。

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              貧しい家庭

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              裕福な家庭

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2011年8月21日 (日)

チェンマイで開発教育セミナー1

チェンマイで開発教育のセミナーを3日間やっています。

タイトルは「グローバリゼーションと参加型学習」です。集まっているのは、東北タイの人も含めて約30名。皆さん、NGOや村のリーダーたちです。

DEARや立教大学が関わるこのセミナーももう7年になります。最初は、主催者であるISDEP(持続可能開発教育促進研究所)のスタッフ研修に招かれて、私が「貿易ゲーム」を行ったのが2004年でした。以来、ほぼ毎年このセミナーをやっています。

これまで、DEARのほとんどの教材を紹介しました。パーム油、コーヒー教材、ケータイの一生、援助する前に考えよう、100人村、などなど。

これをタイ風に消化して、自前のものを加えて11のワークショップからなるハンドブック『参加型学習で世界を学ぶ』(タイ語)が昨年ISDEPによって発刊されました。

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2011年8月20日 (土)

開発教育の終焉?

開発教育は教育活動なので、ボランティアやNGOと違って「贈与のパラドックス」はもともと抱えていませんでした。

ただ、我らが開発教育の世界も、来年DEARが30周年を迎えます。そろそろ終焉というか、「出口」を考えておいてもよい頃です。

どのようなときに開発教育はその目的を達したといえるのでしょうか。

  それはそもそもの課題であった「貧困」がなくなる時?

  開発教育が津々浦々普及してしまう時?

いずれもハッピー・エンドですね。

  ESDとかグローバル教育とか、他の用語に置き代えられるとき?

これは何ともいえません。

  なんとなく人々の関心が薄れて集会にも集まらなくなるとき?

これは困ったものです。

今月末までタイのチェンマイに出張しますので、帰ってきたらまたゆっくり考えてみたいです。

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2011年8月19日 (金)

シャプラニールのパラドックス

40年近くの長きにわたって活動しているシャプラニール=市民による海外協力の会にも、贈与のパラドックスがたくさんある。

5月15日付の記事で、今回の東日本大震災のことで「バングラデシュから1000万円相当の寄付が」きた話を紹介した。これなどは、大変長い年月がかかっているけれど、援助先から逆に援助されたということで、「贈与から交換に」変化する最初のきざしかもしれない。

5月16日には「シャプラニールによる石鹸の販売」の記事を書いた。これはまさに贈与ではなく「交換」である。なぜなら伊勢丹で販売されている石鹸について、消費者は品質で買うのであり、従来のフェアトレードのように援助として購入するわけではないからである。確かにその石鹸には生産者である貧しいバングラの女性の物語の説明があるが、それは哀れみを誘って買ってもらうためのものではなく、むしろこの石鹸の話題性を高めるためのプラスの価値として付与されている。

NGO業界もこの10年くらいでずいぶん変化してきた。「贈与から交換へ」という文脈で見たときに、国際協力の今後はどのように描かれるのであろうか。

仁平さんにはぜひ「NGOの誕生と終焉」を続編で期待したいところである。「終焉は困る」という向きもあるだろうが、それはそれで次の展望が見えてくるかもしれない。

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2011年8月18日 (木)

「援助する前に考えよう」のパラドックス

 今年の開発教育の全国研究集会でも行ったワークショップ「援助する前に考えよう」にも贈与のパラドックスが含まれている。このワークの冒頭では、タイの山岳民族の村の学校を見て20万円を寄付し、かつ学校の前に援助を呼びかける看板を建ててきた「アイ子」さんが登場する。アイ子さんの行動は正しかっただろうか、を考えるワークである。

 乏しい学校の教材や道具を買うために寄付することについては、当初は多くの人が賛成する。しかし議論が進んでいくうちにさまざまな疑問も出てくる。「お金はきちんと使われたのか」「村には他のニーズがあるのでは」から始まり、「村人の自立を阻害している」「村人の意見を聞いていない」「自分の基準で村を貧困と決めつけている」などなど。まさに贈与のパラドックスのオンパレードである。

 その後いくつものワークが続き、慈善型の援助から技術移転型、そして住民参加型開発の理解に至る。最後のワークで、「ではアイ子さんはどうすればよいのか」という問いかけがある。
 「アイ子さんはもっと村について学習すべき」「日本でタイの実情を知らせる」「参加型開発を学んでから再度村に関わる」「地元のNGOを通して間接的に援助する」等々。いずれも「贈与から交換へ」というプロセスに位置づけることができる。

 私が推薦する一番簡単なやり方は「村人と長く交流する」である。これはもともと贈与ではなく交換である。長くつきあう中で理解を深め、場合によっては援助することもされることもある、それが自然なつきあい方だと思う。

http://www.rikkyo.ne.jp/web/htanaka/06/Enjomae00.html
 
 
 

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2011年8月17日 (水)

贈与のパラドックス

  仁平氏による『「ボランティア」の誕生と終焉』は、その副題である「贈与のパラドックス」がキーワードである。「ボランティア」あるいはそれに類する「慈善」「奉仕」などといった行為は、それを行った瞬間に「偽善ではないか」「自己満足ではないか」といった批判や冷笑にさらされる。そしてこれらの用語を使う者は、ことごとくその批判に応えられるような言説を求めていく。これを筆者は「贈与のパラドックス」と呼ぶ。

 本著では明治期に「慈善」や「篤志家」が出て以来の「贈与のパラドックス」の歴史を言説の分析によってたんねんに追っている。ボランティアはどのようにして批判や冷笑に反論してきたのか?

 
 それは「贈与」という一方的に与える関係ではなく、「交換」という対等な関係にできるだけ近づくという試みであった。例えば、それは社会教育の分野では「ボランティアはそれを行う者の学習であり、成長につながる」というような論理であった。社会福祉の分野でそれを政策的に主張したのは、なんと我らが学部長栃本氏(当時厚生省社会福祉専門官)である。栃本氏は「慈善的ボランティアから互酬性のボランティア」を説いた。ここではボランティア活動による人と人のネットワークづくりが強調された。この論理によりかつては否定されていた「有償ボランティア」も受け入れられるようになり、ボランティアの大衆化に貢献した。
 

 しかし「贈与から交換へ」という方向性は、当初「自発性、無償制、利他性」をその基本としていたボランティア概念を拡散させることになる。阪神大震災におけるボランティアらの活躍は世間の注目するところとなり、「ボランティア元年」などと言われた。しかし、マスコミに現れる「ボランティア」の用語は震災があった1995年がピークであり、その後急速に減っていく。それに代わって頻繁に登場するようになったのが「NPO」である。NPOも阪神大震災を機に議論が高まり、NPOを法人化する「特定非営利活動促進法」が成立したのは1998年のことであった。NPOは組織の形態を表す言葉であって、ボランティアと比べて「贈与」の感覚は少なく、贈与のパラドックスを抱え込むことはなかった。
 

 

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2011年8月16日 (火)

ボランティアの誕生と終焉

私には、ボランティアはするものであって、語るものではない、という思いがある。

自分が書いてきたものを振り返ってもボランティアに関する論文は非常に少なく、依頼されて書いたものが2点あるだけである。

ボランティアと名前がつく学会にも入っていたことはあるが、一度も出ることはなかった。ボランティアを学問的に語ろうにも、どこかに「ボランティアは善」という前提がある限り、学問にはならない、と思っていた。

ボランティアの実践者でありながら、その本質に迫るような本に出会ったのはただの1回限りである。それは、シャプラニールの代表である中田豊一さんの『ボランティア未来論』である。この本については私のホームページでちょっと紹介させてもらったことがある。

http://www.rikkyo.ne.jp/web/htanaka/00/Nakata01.html

中田さんは援助先のバングラデシュで、ある農民から「あなたは縁もゆかりもないのに、なぜ遠い日本から来て、私たちを助けようとするのか」と問われ、その問いをずっと抱えていた。そして、その答えをこの1冊の本にしたのである。中田さんはもともと哲学を専攻していたということもあり、非常に深いところで考察している。

ボランティアを学問的に分析するならば、ボランティアとは距離をおいた人が第三者として客観的に分析するのがよいだろうと思っていた。それには、人間の社会や行動をシニカルに批評する社会学がうってつけだろう。誰か、ボランティアをそういう観点から分析する人はいないだろうか、とかねがね思っていたところ、ようやく現れた。それが、

仁平典宏著『「ボランティア」の誕生と終焉-<贈与のパラドックス>の知識社会学』名古屋大学出版会

である。

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2011年8月15日 (月)

21世紀の難問

20世紀には四色問題をはじめとして、中学生にも理解できる難問がいくつかありました。さて、21世紀の数学の難問というと、クレイ数学研究所が「ミレニアム懸賞問題」を出しています。次の7つの問題ですが、これを解けた人には100万ドルの賞金が与えられるとか・・

1.P≠NP予想 
2.ホッジ予想 
3.ポアンカレ予想
4.リーマン予想 
5.ヤン- ミルズ方程式と質量ギャップ問題 
6.ナビエ-ストークス方程式の解の存在と滑らかさ 
7.バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想 

 どの問題も、問題そのものがよくわかりません。この内、3のボアンカレ予想は2003年にペレルマンによって証明されました。しかし、彼はあらゆる賞や賞金の受け取りを拒否しています。

 私はよくわからないなりに、4のリーマン予想に注目しています。これが証明されると、まったくランダムと思われていた素数の出現に規則性があることが判明するそうです。もしそうなると、巨大素数の因数分解が技術的にできないことを理由に作られている、今の暗号システムの基盤が揺るがされることになるとか・・
 
 

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2011年8月14日 (日)

暗号解読

サイモン・シンは難しい科学のテーマを一般の人にもわかりやすく解説することで定評があります。彼が書いた3部作『フェルマーの最終定理』『宇宙創成』『暗号解読』(いずれも新潮文庫)はどれもすばらしいです。

今日は『暗号解読』を紹介します。暗号といえばかつては戦時中に本国と前線とでやりとりするものと相場がきまっていたのですが、現代では銀行のATMやネット・ショッピングのクレジット決済など、私たちの身近なところでも使われています。

暗号を作るときにも、それを読むときにも「鍵」が必要です。これまで暗号のやりとりで一番悩まされたのがこの「鍵」受け渡しです。第二次大戦で日本軍の「鍵」が米国の手に渡っていて、暗号がことごとく解読されていて、それが戦争の敗因のひとつでした。

ところが1975年にディフィーらが「鍵を受け渡ししないで、暗号をやりとりできる方法」として「公開鍵」というアイデアを発表しました。その2年後にはリヴェストらが公開鍵を使ったRSA暗号の開発に成功しました。

それは2つの素数を使った暗号でした。素数とは自分自身と1以外では割り切れない数のことです。小さい方から2、3、5、7、11、13・・・と延々と続きます。暗号の原理はこうです。

暗号を受け渡したいAさんは公開鍵としてたとえば11と13を掛け合わせた「143」を設定してこれを公表します。Aさんに暗号文を渡したいBさんは、この「143」を使って暗号文を作り、Aさんに送ります。

その暗号文を受け取ったAさんは「143」の元の素数である「11」と「13」を使ってこの暗号文を解読します。

さて、この暗号文を傍受したCさんは、どうやってこの暗号を解読するのでしょうか。公開鍵の143では、この暗号文を元に戻すことはできません。あくまで11と13が必要です。143ならば簡単に因数分解して11と13を得ることができますので、おそらくCさんは暗号の解読に成功することでしょう。

では、公開鍵が10の300乗にもなる素数どおしを掛け合わせたものならばどうなるでしょうか。Cさんは世界中のコンピュータを使っても掛け合わせたもとの2つ素数を見つけるのに1000年以上もかかってしまいます。それは事実上不可能です。

こうして、「鍵の受け渡し」という有史以来、暗号利用者を悩ませていた問題が解決したのです。暗号の鍵は公開されているにもかかわらず、巨大な数の因数分解が困難であるという理由により、暗号の解読は事実上不可能なのです。

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2011年8月13日 (土)

フェルマーの最終定理

続いて、有名な「フェルマーの最終定理」です。フェルマーの最終定理はこんな感じです。

n+Yn=Zn という数式について、 n = 2 の場合、つまり、 X2+Y2=Z2 の場合は、 32+42=52 という解が見つかります(いわゆる三平方の定理ですね)。

ところが、 n ≧ 3の場合、 Xn+Yn=Znを満たす自然数 X、Y、Zは存在しません。つまり、 X3+Y3=Z3 や  X4+Y4=Z4  の場合は、 その式を満たす自然数 X、Y、Zは、絶対に存在しない・・・

という定理です。 フェルマーさんがその定理を提起したのはなんと17世紀のこと。以来、360年の長きにわたって、数学者たちを悩ませつづけたのです。

最終的にこの定理を証明したのは、プリンストン大学のアンドリュー・ワイルズで1994年のことでした。そして定理の証明には日本人も貢献しています。「谷山・志村予想」といわれるものです。

360年間に及ぶドラマとワイルズの格闘の様子は、サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』(新潮文庫)がおすすめです。

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2011年8月12日 (金)

四色問題

夏休みに入り本を読む時間がとれるようになると、なぜか自然科学の方に手が伸びてしまいます。複雑で解決策が見いだしにくい現実の社会問題から離れて、スパっと答えが出る数学や物理の方に惹かれます。

私の子どもの頃には、しろうとでもすぐに理解できるけれど、一流の数学者が何世紀かけても解けていない問題がいくつかありました。有名なのは「四色問題」と「フェルマーの最終定理」です。

四色問題はとても簡単で、「地図は3色では塗り分けられず、しかし5色使う必要はない」というものです。

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このように地図は必ず4色で塗り分けることができるのです。

この問題は何世紀も前から地図職人の間ではよく知られていました。それが数学者の問題となったのは19世紀半ばのこと。以来、多くの研究者や愛好家がこの問題に挑戦してきましたが、ことごとく跳ね返されていました。

この問題が最終的に解かれたのは1976年のこと。ケネス・アッペルらが、地図のパターンを分けてすべての場合についてコンピュータで計算をして回答を出しました。コンピュータの計算に1000時間もかかったそうです。

せっかく長年懸案の問題が解けたのに、数学者の間での評判はよろしくありませんでした。というのは、コンピュータで「力づくで」解いたということで、その証明は人間の計算ではかなわないからです。

またこのような難問が解けたときには、その先に新しい法則とかが生まれる期待があるわけですが、それもありませんでした。

というわけで証明の仕方が「エレガントではない」というわけです。「エレファントな証明だ」と悪口を言う人もいたようですが、それは象さんにとってかわいそうです。

[参考]

ロビン・ウィルソン『四色問題』新潮社。

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2011年8月10日 (水)

100人村ワークショップ

上智大学で教員の免許更新講習が開かれました。私たちの学科では「ESD」をテーマに2日間講義しました。私の講義では教材として「100人村ワークショップ」と「援助する前に」を紹介しました。

100人村はやはり大好評です。文化の多様性と貧富の格差の現実を伝えられる教材で、使える教科も国語、社会、道徳、総合と幅が広いです。それに、人権や平和を正面きってテーマにすることがはばかられる学校もあるらしいのですが、この教材ならば誰も文句を言わない、とか。

100nin

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2011年8月 8日 (月)

ドキッとしました

Sbishojo

            「美少女買取?!」(秋葉原駅にて)

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2011年8月 7日 (日)

エネルギー問題と開発教育

土曜と日曜に第29回の開発教育全国研究集会が東京広尾の地球ひろばで開かれました。

今年は震災と台風で、東北と沖縄の方々がほとんど参加できませんでした。それでも200名以上の方が全国から来て、熱心に討論していきました。

私は「エネルギー問題と開発教育」の分科会の司会をしました。ホットな話題なので、議論の行く末が心配でしたが、報告者の実践事例がすばらしく、地に足がついた議論ができました。

Szenken2011

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2011年8月 5日 (金)

沖縄に台風が

沖縄に台風が近づき、ゆっくり移動しています。飛行機など全便欠航のようです。

明日の開発教育の全国研究集会の参加者や関係者が無事来られるとよいのですが・・

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