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2011年3月11日 (金)

実家へ身を寄せる

そのとき私は西池袋の床屋にした。顔剃りをする直前だった。グラグラグラそしてドドーンというような衝撃があり「これはひどいですね」などと話した。なかなか揺れは収まらず、道を行く人々の悲鳴も聞こえ、車もストップしていた。

「震源地はどこでしょうね。遠いところならば現地は大変なことになっている」「そうですね。ところで揺れは収まりましたが、顔剃りされますか?」

「いえいえ、今日は結構です。」「その方がよさそうですね・・」

その日、お昼まで立教大学で会議があり、午後には早稲田で学会の打合わせがある。来週からタイに出張するし、たまたま1時間以上空き時間があったので散髪することにしたのである。

早稲田に向かうべく池袋駅に行くと、すべての電車はストップ。そのうちにまた余震と思われる大きな揺れが。これはとても会議どころではない。どうしよう。90歳になる父親の様子も心配だし、テレビで情報も欲しいので歩いて15分の実家に寄ることにした。

実家をたずねると、父は「すごい揺れだったね。テレビは2台とも落ちて壊れた」とのこと。そこで、弟夫婦の家に。名取市を襲った津波の様子をリアルタイムの映像で見る。これはひどいことになりそうだ・・

この日は結局、親戚の家族の居場所を探すのがせい一杯。芝公園から2時間半かけて歩いてきたり、大変。自分の家族ともメールで連絡がとれて無事を確認。まずは安心。そのうち、関西やネパールからも安否確認やお見舞いのメールが・・

なるほど私自身無事ではあるが一応被災者なのだ。「生きています」ということを伝えなくては・・幸い池袋にいたおかげで帰宅難民にならずにすんだ。

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