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2010年10月13日 (水)

検察審査会の思い出6

起訴や裁判といった一般の人には普段なじみがない司法制度。それに市民が参加するという検察審査会。そもそもなぜこんな制度が設けられたのでしょうか。

 一般にある事件がおきて起訴された場合は裁判で白黒がつけられます。ところが、不起訴の場合は、被害者の方の利益が損なわれる、あるいは精神的に納得いかない、というおそれがあります。そこでその救済措置して設置されたのが検察審査会です。

 この制度のおもしろいところは、検察という司法のプロではなくて、一般の市民によって不起訴が妥当であったかどうかを判断するところです。市民常識や感覚からして、その事件の不起訴が妥当であったかどうかを判断するのですね。

 ところが、もともと被害者救済のための制度であった検察審査会は、しばしば政争の具としても利用されます。「市民として不起訴はおかしいと思うので起訴してほしい」ということですが、その「市民」が政敵であったりするわけです。しかし制度上それらの申し立てを排除することはできませんし、また排除することも妥当ではないと思います。

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