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2010年10月22日 (金)

『希望難民ご一行様』(光文社新書)

副題が「ピースボートと『承認の共同体』幻想」とあるこの本、若者の居場所論と開発教育をやっている身としてはまさにストライク!な本である。また、私自身政府が主催した「東南アジア青年の船」に若い頃乗船した経験もあり、またピースボートとは社会的なメッセージが近い開発教育協会のリーダーをしていたこともあり、その意味でも「ストライク」である。

筆者(古市憲寿)は「第62回ピースボート地球一周の船旅」に参加し、乗船していた若者に対してアンケート調査したり参与観察して、彼らの意識の変化を調べる。その結果を東大大学院の修士論文として提出し、さらにアレンジしてこの本を出版するに至った。

筆者は乗船していた若者を「目的性(政治性)」と「共同性」の二つの軸によって、
4つの類型に分類する。
 セカイ型-セカイヘーワ!(創設者が夢見たピースボート)
 文化祭型-なんだかわからないけど、毎日楽しい!
 自分探し型-こんなはずじゃなかった・・・
 観光型-ピラミッドとマチュピチュが楽しみ

そしてそれぞれのタイプの若者の意識が、下船後にどのように変化したかを観察する。結論は、9条ダンスなどを踊っていた「セカイ型」の若者は「冷却」されて「文化祭型」に近づく。また「自分探し型」の若者は、再び自分探しの旅へとリターンマッチにいどむ。

すなわち、創設者の意図に反して、セカイ型の若者は仲間との楽しい「共同性」に埋没して、政治的な主張を「あきらめて」しまうというのが筆者の結論である。筆者は「それはそれでいいのではないか」とコメントするが、解説を書いている社会学者の本田由紀はその点には反論している。

思い当たる節が多くて、読んでいて苦笑や爆笑の連続なのであるが、特に次の一節には苦笑いである。

 「共同性」を維持しながら「目的性」を失っていないように見える団体の多くの場合、冷静で聡明な(できれば「人間味」があって時に「お茶目」な)「エリート」が率いているように思える。彼らは「共同性」に甘んじることなく孤独な闘いを続けている。(本文273頁)
 

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コメント

『希望難民ご一行様』ようやく読めました。

若者は「共同性」にひかれると思いますが、
本田先生が言われるように、それだけでは
うまくいかないのではないかな?と思いました。
そして、
うまくいかないなと思ったら、個人的にも
4つのタイプを有る程度は渡り歩くような
こともし始めるかも知れません。

自分自身をふり返っても、観光型から世界型
まで両極まで試行錯誤しながら、ふらふらして
いたようにも思います。
(また、この本では年配組の話は少なかったけれど、
そちらにむしろ共感しそうな気もします)

一度、共同性に埋没しても、「若者はまた歩き始める~」
ことも、長い人生ですから、ありえることでしょう。

また、リーダーはどう考えても孤独な存在だと
思いますし、闘わない人をリーダーとは呼べないように
思いますが、リーダーは支持者があってこそという側面もあると思いますので、いいなと思えば、その人を孤立させないように、リーダーを直接担ぐ一部の人たちには「支える」役目があるように思いました。
(例えば、リーダーがお茶目なことをしたら、率先して笑ってあげるとか??)

追記:
以前、ピースボートの広告を見て、興味を持ったものの「え、99万、高すぎ~」と反射的に思った私は、この本に出てくる年配のリーダーTさんになれなくても、その取り巻きの3人にはなりそうな気がしました。

投稿: 森井哲也 | 2010年12月22日 (水) 00時35分

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