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2010年10月

2010年10月30日 (土)

原稿の季節

10月11月は「原稿の季節」。年度末に発行する本やら年報やらの原稿の締切がこの時期に集中します。今年は、環境教育の原稿の締切がもうすぐです。

締切に追われるだけでなく、締切を守らせるのも仕事。自分が書くのではない分、かえって大変。遅れれば遅れる程、編集をしている方の時間がぎりぎりになります。年末年始にしわ寄せが来るのです。今は、若者の居場所に関する本の企画が進んでいます。

それに先住民族とESDの教材集もあるし・・

秋晴れの空とは反対に、心の中は曇り模様。せめて雨にならないように・・本日台風接近中。

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2010年10月27日 (水)

急に冷えてきました

急に寒くなってきましたね。初雪が降ったり、木枯し1号が吹いた地域もあるとか。

冬物の服をひっぱり出したり、暖房をつけたり、と冬っぽくなってきました。

ほんの一月前まで30度を超える「猛暑」だったのがウソのようです。

夏休みが終ると、一年の折り返しのような気がするのですが、本当は残りはわずか4か月。すぐにお正月なんですよね。

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2010年10月25日 (月)

チリ鉱山からの救出劇

日曜日のNHKスペシャルでチリ鉱山からの救出についての特集をやっていました。助けを待つ坑内の様子など興味深かったです。

やはり最初の穴が貫通して生存を知らせるまでの17日間が何より一番厳しかったでしょう。ドリルが届いたときは「皆抱きつきたかった」と言っています。それからは「孤独感」はなく、「希望」があるので、たとえ長く厳しい生活であったとしても耐えられる時間でしょう。

それからは「欲」が出てきていさかいが以前より増えた、と証言していました。例えば、家族との通話時間が決まっているのに、長電話することに対して、など。

今日の新聞では、映画化や出版を扱う会社を皆で共同で作ることになったそうです。皆、英雄になってしまったので、これからの人生の方が大変かもしれませんね。ちょうど宝くじを当ててしまった人のように。

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2010年10月22日 (金)

『希望難民ご一行様』(光文社新書)

副題が「ピースボートと『承認の共同体』幻想」とあるこの本、若者の居場所論と開発教育をやっている身としてはまさにストライク!な本である。また、私自身政府が主催した「東南アジア青年の船」に若い頃乗船した経験もあり、またピースボートとは社会的なメッセージが近い開発教育協会のリーダーをしていたこともあり、その意味でも「ストライク」である。

筆者(古市憲寿)は「第62回ピースボート地球一周の船旅」に参加し、乗船していた若者に対してアンケート調査したり参与観察して、彼らの意識の変化を調べる。その結果を東大大学院の修士論文として提出し、さらにアレンジしてこの本を出版するに至った。

筆者は乗船していた若者を「目的性(政治性)」と「共同性」の二つの軸によって、
4つの類型に分類する。
 セカイ型-セカイヘーワ!(創設者が夢見たピースボート)
 文化祭型-なんだかわからないけど、毎日楽しい!
 自分探し型-こんなはずじゃなかった・・・
 観光型-ピラミッドとマチュピチュが楽しみ

そしてそれぞれのタイプの若者の意識が、下船後にどのように変化したかを観察する。結論は、9条ダンスなどを踊っていた「セカイ型」の若者は「冷却」されて「文化祭型」に近づく。また「自分探し型」の若者は、再び自分探しの旅へとリターンマッチにいどむ。

すなわち、創設者の意図に反して、セカイ型の若者は仲間との楽しい「共同性」に埋没して、政治的な主張を「あきらめて」しまうというのが筆者の結論である。筆者は「それはそれでいいのではないか」とコメントするが、解説を書いている社会学者の本田由紀はその点には反論している。

思い当たる節が多くて、読んでいて苦笑や爆笑の連続なのであるが、特に次の一節には苦笑いである。

 「共同性」を維持しながら「目的性」を失っていないように見える団体の多くの場合、冷静で聡明な(できれば「人間味」があって時に「お茶目」な)「エリート」が率いているように思える。彼らは「共同性」に甘んじることなく孤独な闘いを続けている。(本文273頁)
 

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2010年10月20日 (水)

悲しいとき・・(12)

自転車をこいでいたら、耳たぶに何かが当たって、そのあと耳の中でゴソゴソ動く音がしたとき・・

つまみ出そうとして指を入れたら奥に落ちるかもしれない、とか、つぶしてしまって汁が出るのはいやだ、とか、あれこれ考えても名案が見つからないとき・・

耳の中を縦横無尽にガサゴソ動き回られて、やがて出ていくまでの数分間が、一時間にも感じられたとき・・

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2010年10月18日 (月)

コンピュータ 対 将棋

ちょうど一週間前、10月11日に東大で行われた、清水市代女流王将vs.あから2010の対局に行ってきました。「あから2010」とは、4つのコンピュータ将棋ソフトの連合軍です。

試合の模様は新聞やテレビでも伝えられていますが、中盤、清水さんが優勢になりそうになったのですが、結果的にはコンピュータが勝ちました。最後の指了図をみると、清水さんの穴熊が完成しないままにさらけ出されているのに対して、あから2000の美濃囲いには全く手つかずで、かなり大差のようにも見えます。

プロの棋士がコンピュータに敗れるということで、マスコミでも話題になりました。大盤解説は佐藤康光九段と藤井猛九段でしたが、お二人の口ぶりからは、まだまだ自分たちの方がやれるだろう、という感じでした。

でも、それも時間の問題のようです。あと5年~10年以内には、コンピュータは羽生名人や渡辺竜王クラスとも互角に戦えるようになるだろう、というのが大方の予想です。

その意味では「歴史的な瞬間に立ち会った」ということができるかもしれません。オセロ・ゲームではもはや人間は機械に勝つことはできませんし、チェスでも10年程前に世界チャンピョンがIBMのディープ・ブルーに敗北を喫しています。

というわけで、複雑な気持ちで会場をあとにしたわけです。

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2010年10月16日 (土)

検察審査会の思い出9

最後に審査員の経験から、小沢さんの件について一言。

最終的に強制起訴になったということで、政治の世界は小沢氏の処遇をめぐって様々な動きがあります。審査会の決定を批判する意見も当然あります。

私は現行の制度では、審査会の決定もわからないではありません。というのは、今回の審査会の決議を読むと、結局「自分たちでは判断できないので、裁判という公開の場で白黒つけてほしい」という主旨かと思います。

従来の検察による起訴は100%近く有罪に持ち込めると踏んだときに行われます。それ故、起訴の段階で政治的には離党や議員辞職が問題となってきたわけです。

でも今回の強制起訴はそうではありません。検察審査会は裁判所に下駄を預けていて、有罪の確率は高くないであろう、と考えている節があります。

ですから、従来の起訴とは全く意味が違うわけで、小沢氏の離党や議員辞職を議論する段階ではないと考えます。裁判で有罪となって初めて、そのようなことが検討されるべきでしょう。

検察審査会の話題もずいぶん長くなってしまいました。とりあえずこの辺で一旦終わりにします。

 

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2010年10月15日 (金)

検察審査会の思い出8

検察審査会の課題の2番目は、昨年裁判員制度の導入とともに法改正された新しい検察審査会がかかえる問題点です。

私が審査員をしていた頃は、たとえ「不起訴不当」「起訴相当」の議決がなされても、それらはいわば「勧告」のようなものでした。最終的に起訴するかしないかは再度検察の判断に委ねられていました。これらの議決が出ると、検察は前回捜査した検事の上級の検事が、再度捜査ないし判断して起訴・不起訴を決めるという説明を受けたことがあります。

いずれにしろ審査会の議決自体には拘束力がなく、その点審査会の議論も「気楽な」「市民感覚」ということで済んでいた側面があります。

しかしながら改正された審査会では、2度にわたって「起訴相当」の議決が行われると、「強制起訴」されるということになりました。実際小沢さんの事件も含めて、4件が強制起訴されています。

こうなると検察審査会は「ご意見番」ではなくて、実際の「権力」をもつことになります。匿名の市民がそのような権力をもってよいのか、というのは当然出てくる意見です。誰が判断したのか、どのような議論がなされたのか、といった情報公開をもとめる声もあります。

新しい検察審査会制度については裁判員の影に隠れてあまり議論がありませんでした。今回の件をきっかけに検察審査会のあり方について議論が必要と思われます。

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2010年10月14日 (木)

検察審査会の思い出7

検察審査員を経験してみて、ふたつほど課題をあげたいと思います。

ひとつは議論のしかたです。審査員は普通の市民ですから、議論に慣れている人もいない人も入っています。11人の審査員がいても、実際に議論しているのは数人ということもあります。それらの人がひとつの方向を示し出すと、いきおい他の人も同調しがちです。

最終的な議決には3種類あります。

「不起訴相当」-不起訴にしたという検察の判断は妥当である。

「不起訴不当」-検察は不起訴にしたけれど審議した結果疑念があるので、もう一度捜査して判断しなおしてほしい。

「起訴相当」-不起訴とした検察の判断は明らかにおかしいので起訴すべきである。

議決は過半数をもって行われますが、実際には「全会一致」になりやすいと思われます。よく発言する人がひとつの方向に向かって議論しだすと、心の中では疑問や反対の意見があっても言い出しにくいものです。議決は無記名投票でも、意見も言っていないのに反対意見は書きにくいでしょう。

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2010年10月13日 (水)

検察審査会の思い出6

起訴や裁判といった一般の人には普段なじみがない司法制度。それに市民が参加するという検察審査会。そもそもなぜこんな制度が設けられたのでしょうか。

 一般にある事件がおきて起訴された場合は裁判で白黒がつけられます。ところが、不起訴の場合は、被害者の方の利益が損なわれる、あるいは精神的に納得いかない、というおそれがあります。そこでその救済措置して設置されたのが検察審査会です。

 この制度のおもしろいところは、検察という司法のプロではなくて、一般の市民によって不起訴が妥当であったかどうかを判断するところです。市民常識や感覚からして、その事件の不起訴が妥当であったかどうかを判断するのですね。

 ところが、もともと被害者救済のための制度であった検察審査会は、しばしば政争の具としても利用されます。「市民として不起訴はおかしいと思うので起訴してほしい」ということですが、その「市民」が政敵であったりするわけです。しかし制度上それらの申し立てを排除することはできませんし、また排除することも妥当ではないと思います。

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2010年10月12日 (火)

検察審査会の思い出5

最初はいやいや来て、不安ととまどいの中で行う検察審査会。しかも、案件はこじれた交通事故の後始末みたいなことばかり・・

そんな審査会ですが、3回目くらいから審査員の目つきが変わってきます。自分たちは世の中で必要なことをしている、公務に携わっている、という自覚というかプライドみないなものが生れてきます。交通事故の後のトラブルであっても、いろいろな人間模様も見えてきますし、起訴するかどうか判断に至るまでのプロの検察官の仕事を追体験する。

要するに、大変やりがいのある仕事であるということに目覚めるのです。担当の職員が「今日はこの件で終わりにしましょう」というと、「いえ、ぜひもう一件やりましょう。説明だけでもお願いします」とか。中には任期を終えたときに、「お願いですからもう一度やらせてください」と懇願する人もいるとか(これは法的に無理)。

それで、検察審査会の同窓会ができています。全国組織で会報もあります。私はその団体には入っていませんが、同期の審査員でその後また会って飲み会をしました。3回くらいしたように覚えています。

裁判員制度が始まったときにマスコミではさんざん批判がありました。でも、私は検察審査会の経験から、この制度は必ず定着する、と信じていました。裁判員を経験した人たちが支持するに違いない、と思ったからです。だから最近は批判は鳴りをひそめましたよね。

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2010年10月11日 (月)

検察審査会の思い出4

実際に審査する事件とはどのようなものかというと、ほとんどが交通事故です。一旦は示談が成立しているのに、その後こじれてしまって被害者が相手をやはり起訴してくれ、と申し立てるような例です。私たちがが担当した案件は10件にも満たないのですが、記憶に残っているのは1件をのぞいて交通事故のケースばかりです。

検察審査会のホームページでは「これまでに全国の検察審査会が審査した事件数は15万件に上り,その中には,交通事故や窃盗など身近で起こる事件だけでなく,水俣病事件,日航ジャンボジェット機墜落事件,薬害エイズ事件,明石花火大会事件といった社会の注目を集めた事件もあります。」とありますが、そんな大事件に遭遇するのは幸運中の幸運でしょう。

とはいえ私たちの任期中にも殺人事件が1件だけありました。正当防衛で不起訴になったのですが、果たして正当防衛かどうかを主に審議しました。(ここまで書いていいのかな?)審理には3回、つまり3か月かかりました。

ほとんどが交通事故の処理という検察審査会ですが、それでは審査員の人たちは毎回うんざりして、6か月も続くのか、と思われるかもしれません。それがそうではないのですね。

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2010年10月10日 (日)

検察審査会の思い出3

まさか裁判所の門をこんな形でくぐろうとは思っていませんでしたが、ともかく指定された部屋へ。緊張した面持ちの11人と慣れた様子の11人。つまり検察審査会は半舷上陸なのです。任期は6か月で、3か月ごとに半数が交替するシステムです。

さっそく自己紹介の後、副会長の互選。この人が3月後には会長となって進行係を務めます。お互い知らない者どおしなので、指名したもの勝ち。いやな予感がしたのですが、私を指名する人がいて、断る理由が見つからず決まってしまいました。

審査員は11名なのですが、補充員が11名いて、常に対等な立場で一緒に審査に加わっていました。というのは、毎回何人か休む人がいるので、補充員も常に臨戦体制なのです。またそうしないと参加意欲もなくなりますしね。

一回の審議時間は3時間くらいであったと思います。終わってもぐたっとして何もできず、半日仕事になります。ただ、公務で職場でも公欠扱いになるので、休んでも文句は言われません。(もちろん会社によるとは思いますが)

Okayama_chisai

       岡山地方裁判所(「裁判所ホームページ」より)

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2010年10月 9日 (土)

検察審査会の思い出2

当時、私は岡山大学に勤めていて、そこから15キロほど離れた山陽町に住んでいました。ある日届いた郵便を見たら送り手が「岡山地方裁判所」となっています。

これはビビリましたね。(一体何悪いことしたんだろう?)

封筒を開けると「あなたは検察審査員の候補となったので、○月○日の説明会に来られたい」というような内容でした。しかも「もし来ないと法律によって罰金が課されることもある」とか。これ脅し?

まずはとまどい、困ったな、という気持ち。当時私はまだ40歳そこそこで、人生で一番忙しい季節。大学教員とはいえ、毎月一回の会合に半年も出続けるのはきつい。

次に、好奇心ですね。これはめったにない機会だ、おもしろいかもしれない、学生にも話せるし・・

というわけで、罰金も困るので、ともかく説明会に出かけました。会場にはおそらく100人以上の人がいたと思います。説明によると、まだ私たちは候補者の段階であって、この中から抽選で11人が選ばれるとか。それならば、当たることもなかろう、などとたかを括っていました。

説明会は2度ありました。2度めも前回とあまり変わらない説明だったので、終わったときに担当の方に質問しました。「なぜ2度も説明会をするのですか」

すると「こうしないと、なかなか実質的に11名を選ぶことが難しいのですよ」。なるほど、ここに出席しないような人ははずすつもりのだな、と予想しました。

そうして再び裁判所からの手紙。

「貴殿は厳正な抽選の結果、検察審査会の審査員に選ばれました」

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2010年10月 8日 (金)

検察審査会の思い出1

小沢氏をめぐる事件について検察審査会の「起訴議決」を受けて政界が揺れています。

私は今から10数年前に検察審査員を経験したことがあります。検察審査員は一般の有権者の中から抽選で選ばれるもので、昨年度から始まった裁判員よりも選ばれる確率はずっと低いそうです。

今回のことを契機に、検察審査員を経験したものとして、マスコミの報道に現れないその内側について報告する責任みたいなものがあるように感じています。

なお、検察審査員には裁判員同様に、審査した案件の内容について「守秘義務」があります。でも「自分が審査員をやったことの感想」などを周囲の人に述べることには全く問題がない、とのことです(検察審査会のホームページより)。誰でも審査員になる可能性があるので、その制度の理解を深めるためにむしろ奨励されているようにも思えます。

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2010年10月 4日 (月)

もののけ姫を読み解く

昨日、立教大学で「もののけ姫を読みとく」というシンポジウムが開かれました。

それぞれのパネラーにいろいろな思いがあり、多岐にわたって語られました。まとめると、主に3つの論点で報告されました。

1.環境教育・開発教育の観点から

 野田研一さんは環境文学の立場から「野生の自然」と「二次的な自然」を対比して論じました。太古の森(人間を寄せ付けない)のイメージはアメリカの環境文学に良くでてくるモチーフであるそうです。

 私は開発教育の観点から、共生(共棲)と対立の構図を明らかにしました。また、物語のエンディングが「弁証法的」であることを指摘しました。アシタカがなぜサンと別れてタタラ場に残ったのかを解説しました。

2.時代背景から

 小峯和明さんは中世の説話などの専門家で、もののけ姫の舞台である室町の頃の時代背景を詳しく解説してくれました。私はこの物語は「現代」を語るために作られていて、時代はいつでもよかったのだ、と思っていましたが、そうではないことがわかりました。登場人物やエピソードにも、それぞれ当時の説話、絵巻物、物語に題材があると知り、驚きました。

3.宮崎駿のアニメ論

 上田信さんは中国の環境史などの著書があります。彼は「ナウシカ」との出会いが強烈で、「ナウシカ」の続編を自分で作ってジブリに持ち込んだほどです。ナウシカで語れなかったもの、積み残したものをその後の作品で展開していき、もののけはその集大成である、と解説しました。

 北條勝貴さんは専門は日本古代史なのですが、アニメの分野でも半端ではない知見をもっています。ジブリ映画の系譜をなぞりながら、もののけ姫とその後の作品である「千と千尋」や「ポニョ」と結び付けて解説しました。私は、もののけ姫が宮崎アニメの集大成と思っていたので、その後の作品でもいろいろなチャレンジをしていることを知って新鮮でした。

 全体で4時間に及ぶシンポジウムでしたが、それが短く感じられる程の密度の濃いシンポでした。このシンポの内容はいずれ立教大学ESDセンターのホームページで紹介される予定です。

 ひとつおまけがあります。Googleで「もののけ姫」を検索すると、私の「なぜ、もののけ姫か?」が3位にランクされました(本日11時)。通常は10~20位くらいなので驚きました。ちょっと自慢です。

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