« 日韓の若者討論 | トップページ | 悲しいとき・・(11) »

2010年8月17日 (火)

『子どものケータイ』

お盆休みで時間があったので、これまで読みたくて読めなかった本を読むことにしました。

下田博次『子どものケータイ-危険な解放区』(集英社新書)を読みました。

従来から「学校裏サイト」や「出会い系サイト」が問題になっていましたが、こちらの方はだいぶ改善されたようです。今恐いのは、「プロフ」と呼ばれる自己紹介のサイトや、「モバゲー」のようなゲームのサイト。

なぜゲームのサイトが恐いかというと、単にゲームをするだけではなく「コミュニティ」と呼ばれる相互交流のサイトがあり、その中で出会い系と同じような機能を果たしてしまうこと。

「ケータイは電話ではない、ネット社会そのもの」「12歳でケータイを持たせた瞬間に、子どもは大人の世界に直にさらされる、ということを親も教師も知っておくべき」という指摘には共感しました。

|

« 日韓の若者討論 | トップページ | 悲しいとき・・(11) »

ほん」カテゴリの記事

子ども・若者・居場所」カテゴリの記事

科学・インターネット」カテゴリの記事

コメント

学校に行ったり、仕事にいったりしている人は、それほど必要はないのでしょうが、家の中でじっとしている若者にとっては、そうしたゲームを一緒にすることが唯一の外界との接点になるんでしょうね。
実際にそういう例を身近にみたことがあるので、複雑な心境です。

ケータイに関しては、どうして大人は子供に、こんなにやすやすと、人間関係を根底から変えるような危ない機器を安易に渡すのかと以前から不思議でした。
私自身、大人になって久しいですが、コワそうなので持ってません。

離れて住んでいる10代の息子に「ケータイ持てば?」と言われますが、必要性がほとんど感じられないので持ってませんし、「自分のブログを始めれば?」とか言われても、続けるのが大変そうで、人様のブログにコメントするのが精一杯です。(カッコウの託卵みたいですが、タクランだわけじゃありません)

どんどん時代に取り残されていくようですが、それで困ることもそんなに無いように、個人的には思っています。


投稿: 森井哲也 | 2010年8月24日 (火) 18時48分

今朝(9/17)の朝日新聞に「老人クラブ「若手」不足」の記事が出ていました。

従来の老人とは違った「若手」が、今までの「老人」にならずに、別の「居場所」を作っているのを、母(80)との日常会話でよくきかされます。

「世間」が健在?だった時代の人たちと、「団塊の世代」の人たちの居場所が分離しているのでしょう。

あわせて、同じ日付の新聞の天声人語に若者世代の「友だち」のことが書かれてあり、興味深く思いました。

「居場所」について考えるのは意義深いなあー、と思った次第です。

投稿: 森井哲也 | 2010年9月17日 (金) 10時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/557951/49207438

この記事へのトラックバック一覧です: 『子どものケータイ』:

« 日韓の若者討論 | トップページ | 悲しいとき・・(11) »