2020年4月 5日 (日)

ABC予想が証明された

コロナで鬱々とした日々を送っているが、スカッとしたことがひとつある。それは望月新一教授による「ABC予想」が証明されたことである。私はABC予想の内容を説明することもできないし、ましてや証明もわからない。
 しかし、素人目にもこれがいかにすごいことなのかわかることが二つある。ひとつは、査読に8年もかかったことである。実は証明自体は2012年に発表されていた。ところがあまりに難しすぎて、他の数学者が理解できず、査読に時間がかかってしまったのである。
 もうひとつは証明するのに360年もかかった「フェルマーの最終定理」が、ABC予想によるとたった1頁で証明できてしまうことである。その証明はYoutubeにも動画で掲載されていて、高校程度の数学の知識があれば十分理解することができる。
 ひとによるとノーベル賞2つ以上の快挙であるという。
 ぜひ動画を見て、スカッとしてほしい。

ABC'予想とフェルマーの最終定理
https://www.youtube.com/watch?v=fWWpUR8G5tY&feature=youtu.be&fbclid=IwAR1OqKrm1ZIT_xg_jL-idOgCzHgtBI3XBtK6aKS72T7mX0e6xsgwsVyN1Ag

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2020年4月 3日 (金)

沈黙の春 2020

桜が咲いた。

例年より早い桜であった。

しかし、木の下で酒を酌み交わす人も、歌を歌う人も、飛び回る子供たちもなかった。

それは沈黙の春だった。

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2020年4月 2日 (木)

「沈黙の春」がやってきた

「それは奇妙な静けさだった。

鳥たちは、一体どこへ行ってしまったのだろう。
人々は当惑し、動揺して鳥たちのことを話した。
僅かに見かける鳥は、生きているというよりも死んだようで、激しく震えて飛ぶことはできなかった。

それは沈黙の春だった。」

(レイチェル・カーソン『沈黙の春』より)

今のわたしの気分です・・・

 

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2020年2月18日 (火)

柏のカルチャーセンターで「SDGsを知ろう」を講義します

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NHK文化センター柏教室でSDGsについて6回シリーズで講義することになりました。

カルチャーセンターは初めてなので楽しみにしています。柏は常磐線で上野から20分です。

問い合わせ:04-7148-1711

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2020年1月14日 (火)

18歳成人と「成人式」(10)

 「成人式」について発言しているので、一度は成人式を見ておかねばならぬと思い立ち、蕨市の成人式に行ってきました。蕨市は成人式の発祥の地と言われていて、名称も昭和21年当時の名前である「成年式」と称しています。
 和服の女性にインタビューしたところ、レンタルで20万円とか。写真、髪も入れると30万円ですよね。月給にも相当する額です。それだけの価値があるのでしょうか。
 式は14人の青年の実行委員会が進めていました。前半は市長と来賓のあいさつ、ということで退屈でした。しかし、後半は若者代表の宣言や演奏などもあり、飽きさせないくふうがありました。特によかったのは、中学時代の教員が10数名出てきて、新成人に祝辞やエピソードを述べたことです。最高潮に達したのは、サプライズでダイゴと浜口京子が登場したときです。主催者も参加者を集めるためにいろいろ考えていますね。
 3日ほどまえにTBSから取材の依頼があり、私が蕨市の成人式に行くことを告げると、TBSの方々も取材に来られました。ニュース23ですが、成人式の歴史的な映像もあり、かなり長い時間の報道でした。成人式は18歳か20歳かという論点も取り上げられていて、私も若干コメントしました。

 







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2020年1月12日 (日)

18歳成人と「成人式」(9)

成人式は必要か?

 それでは当事者である新成人は成人式をどのように捉えているのであろうか。筆者は成人式を目前にした1月の最初の授業で学生たちにアンケートをとった。その結果、成人式に参加する学生たちの動機は、多くが同級生に会えるから、あるいは親が喜ぶからということであり、式典の内容にはほとんど関心を示していなかった。

 このような現状のなかで、果たして市町村が公費を使って行う成人式は今後も必要なのであろうか。明確に言えることは、法制度的にも民俗学的にも根拠が薄弱である「20歳を祝う会」については、地方自治体が公費を支出して行う意義は存在しないということである。先に述べたように、戦後「成人年齢20歳」を国民の間に定着させたのは自治体ごとに行う成人式であった。民法、公職選挙法、国民投票法、児童福祉法、労働基準法という成人を規定する一連の法律が成人を18歳とする中で、成人としての自覚を促し、国民の間に「18歳成人」の定着させるための成人式は当然18歳時に実施するべきである、というのが結論である。

 今後、中学・高校教育の現場では18歳成人に向けて、主権者教育、消費者教育、市民教育の新たな展開が求められる。これらと相まって、18歳での成人式が位置づけられるのであれば、公費で行う成人式もそれなりに意義があるということができるであろう。

(ご意見、お問い合わせは momo.suke●nifty.com まで。これからも18歳成人と成人式に関する話題をアップする予定です。)

 

 

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18歳成人と「成人式」(8)

「大人」とは何か?

 20世紀前半、昭和初期の日本社会では子どもから大人への移行期間は短かった。身体的な成熟は女子の初潮、男子の精通をもってはかれるが、当時は推定で13-15歳であった。戦前の実質的な成人式とも言える青年団への加入式は数えで15歳が多く、改正前の民法では女子は16歳で結婚することができた。

 戦後において、産業が成長し技術が進歩するとともに高学歴化が進んだ。民法の成人年齢である20歳においても多くの若者は在学していて、経済的に自立していないという事態となった。会社や役所において「一人前」と認められるのは30歳前後であり、結婚の平均年齢も30歳に近づいている。一方、身体的な発達は早まっているので、子どもから大人への移行は10代前半から30歳前後までおよそ20年に及ぶことになる。

 右肩上がりの経済成長が止まり、終身雇用制が崩れた1990年代からは大人と子どもの関係性も大きく変化する。大人が指し示す価値に対して子どもたちが疑念を抱くようになる。学校に行かないという「不登校」が大きな社会問題となる。学校教育も「個性尊重」する時代となり、教育方法も「指導」から「支援」へと大きく転換が求められた。大人の権威が失われる中で、「権威者」である市町村長や講演者が一方的に「諭す」タイプの成人式に対して拒否反応が示される。これが荒れる成人式の一因となるのである。

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18歳成人と「成人式」(7)

「荒れる」成人式

 成人式はもともと青年団から発想されたこともあり、市町村が主催する場合にも地元の青年団が自発的に関わることが多かった。ところが1960年代の高度成長期に、多くの若者が都市部に移動したこともあり、農村部での青年団が弱体化する。もともと参加率が低かった都市部を含めて、年々成人式への参加率が低下していった。1970年代以降、都市部を中心に和装で成人式に出席することが定着していく。和装の広がりは一方で経済的に参加しにくい若者を生み出すが、他方では華やかな式典に新成人を参加させたいという親の期待も高まり、出席率の低下傾向に一定の歯止めをかけたとみることもできよう。

 1999(平成11)年の仙台市の成人式で講演していた考古学者の吉村作造が、会場の新成人が騒がしく講演を聞く態度ではないとして講演を中止し退席するという事件が起きた。2001(平成13)年には高知市の成人式で新成人が市長に野次を飛ばすということがあり、また高松市では新成人が壇上の市長にクラッカー炸裂させ、刑事告訴にまで発展した。実際、当時の成人式では、新成人は会場に入らずに外で同窓生と興じたり、同窓会の待ち合わせに利用されることも生じていた。成人式会場付近で、ヤンキー集団の「代替わり」の儀式が行われることもあった。

 これらは「荒れる成人式」として社会問題にもなり、成人式不要論も登場した。意義のある成人式を創造するために新成人式研究会が2001年に設立されて、毎年、優れた成人式の実践を行った団体や行政を顕彰してきた。成人式が荒れた背景には、この時期に大人と子どもの関係性が大きく変容していることが上げられる。

 

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18歳成人と「成人式」(6)

成人式の起源

 それでは、現在のように自治体が公費で行う形の成人式はいつどうように始まったのであろうか。日本の伝統では人生の節々でそれを祝う行事が行われてきた。新生児のお宮参り、七五三、元服、結婚式、還暦祝い、等々。それらはそれぞれの家庭ないしは共同体でお祝い行事を行っていた。成人式が特異であるのは、すべての自治体が公費で行事を行っていることである。

 成人式の起源は、敗戦直後の1946(昭和21)年11月に埼玉県蕨市で「成年式」を実施したこととされている。これは、行政主催ではなく地元の青年団が中心となって行われたものである。蕨市は今でも成人式ではなく成年式と呼んでいて、「成年式発祥の地」の銅像も建っている。1948(昭和23)に制定された「国民の祝日に関する法律」によって115日が「成人の日」として祝日になった。なぜ成人の日が設けられたのかは定かではないが、敗戦後の日本を立て直すに当たって子ども・若者に期待が寄せられたことは想像に難くない。115日という日付の意味についても定説はないが、戦前は年齢の数え方が正月をもって加齢していて、武家社会の元服の行事も正月に行われていたことに由来するのであろう。なお、現在の成人の日は祝日法の改正により1月の第2月曜日に移動している。

 新しく制定された成人の日の行事として、蕨市などで行われていた成人式が全国的に採用されることとなった。当時はまだ中学卒業で就職就業する者が多く、また市町村ごとに組織されていた青年団への加入も15歳であったので、成人式を何歳で行うかは定まっていなかった。20歳での成人式が定着するようになったのは1956(昭和31)年頃である。逆に言えば、市町村が行う成人式の普及によって「成人年齢20歳」が国民の間に認識されていったと言うこともできる。その意味でも、成人式を何歳で行うかは重要なポイントなのである。

 

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18歳成人と「成人式」(5)

子どもの貧困と成人式

 成人式において特に女性の和装が広がったのは1970年代からである。1970年に発刊された塩月弥栄子著『冠婚葬祭入門』は700万部ものベストセラーであった。その中で「親は成人式を迎える娘に晴着を贈ってやる」という一項がある。著者は、親が多少無理してでも新成人に華美な服装をさせることを奨励している。高度経済成長の1960年代からバブルに至る80年代までは国民所得も年々増加していて、成人式に晴着を購入して着せることが可能であった。しかしながら、その後平成の間、実質的な所得は横ばいないし減少気味で、2016年では子どもの貧困率が16%となってしまった。晴着はレンタルでも10万円、新調すれば30万円以上の費用がかかる。これらの家庭の子どもたちは成人式に出席しているのであろうか。

 経済的な理由で成人式に出られない若者は、人生の出発点において社会から「排除された」と感じ、格差社会を実感することになる。現行の成人式の風潮では「自分は日本社会から必要とされていない」ことを感じる若者を一定数生み出していることが懸念される。

 18歳の成人式にメリットがあるのは、式典に学生服でもスーツでも和服でも「プライドをもって」出席できることである。服装にかかわらず出席できるのが18歳成人式の特徴である。そもそも成人式は、若者誰にでも平等に機会が与えられるべきものである。SDGs(国連持続可能な開発目標)の標語である「誰一人取り残さない」を推進できるのが18歳成人式である。

 

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