2012年5月25日 (金)

太陽の大きさ

今回の金環日食に関する報道でわかったのですが、太陽の大きさはまだ正確には測定されていなかったそうです。これはけっこう驚きでした。理科年間によると太陽の半径は69万6000キロとなっていますが、これは1891年に測られたもの、1世紀以上前です。その後の測定でも誤差がどうしても100キロ程度はあるといいます。

要するに太陽は明るすぎて輪郭をとらえるのが難しいのですね。それで日食がよいチャンスとなるわけです。今回はベイリービーズ(月のへりの谷間を通ってぎりぎり漏れてくる光)を観測することで誤差わずか20キロという正確な値が出てきました。それによると太陽の半径は、69万6010キロだそうです。

このような正確な観測値が可能になったのも、日本が打ち上げた月観測衛星「かぐや」が月の山や谷の正確な高さを10メートル以内の誤差で測定したからです。

日本の衛星の測定と、日本で起きた日食により、1世紀ぶりに太陽の正確な大きさがわかるというのは、なんだかうれしいです。

しかも、今後太陽の大きさは変動するかもしれないので、この値がいわば基準値となって、今後さまざまな比較が行われることでしょう。未来にあっても必ず戻るべき原点みたいなものです。

ということで私はけっこう感動しているのですが、回りの人に話してもあまり反応してくれなくて・・

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年5月21日 (月)

金環日食-この日を50年待ちました

 小学生の頃、我が家には小学館の百科事典がありました。私は事典を読むのが大好きで、たまたま日食の項目を見ていました。そこには日本列島の地図と今後予想される日食帯のマップが載っていました。

 日食は北海道で見られることが多いのですが、その中で一本東京を横切る帯がありました。それが2012年の金環日食でした。

 

 1964年頃のことです。東京オリンピックが開かれた年。小学生にとって2012年は想像もできないくらいの未来でした。何しろ鉄腕アトムが生まれるのが2002年です。自分が何歳になるのか、自分は生きているのか、そんなことも想像外でした。

 

 そしてついに2012年5月21日がやってきます。当日の天気予報は曇りですが、一応観測用のメガネを用意しておきました。前日も曇天でした。太陽はよく見えなくてもこのメガネをかけると太陽の輪郭がくっきり見えます。一縷の希望をもちました。

 

 前夜はなかなか寝付かれませんでした。ワインを飲んで寝ることにしました。でも寝過ごしてはいけないので目覚まし時計とケータイのアラームを6時にセットしました。目が覚めるとまだ2時、次も4時、外は暗いです。5時57分ばっちり起きました。

 急いでカーテンを開けるとそこは青い空。「神様ありがとう」。家から出ると、東の空には厚い雲。観測用メガネ越しでも太陽の形は確認できません。「まだ1時間以上ある・・」

 

 次はテレビです。各局が中継を始めています。「お台場では薄曇りの雲の中に太陽があります。欠け始めています」「なに!お台場で見えるならば茨城はもっと見えるはず」

 急いで外に出て空を見えました。ありました。右上が欠けた太陽が・・

 

 7時を回ると薄日が差すようになり、日食の様子がくっきりと。5分おきくらいにテレビとベランダの間を往復。いよいよ7時32分。

 

 見えます、見えます。ドーナツ状の金環日食が。やりました、ついに。雲が太陽の前を次々横切っていきますが、太陽ははっきり見えます。

 

 わずか5分余り、ドーナツは再び三日月のようになっていきました。小学生のとき、この金環日食をこのような状況で見るとは予想もしませんでした。

Kinkan0521


             雲の合間から見えた金環日食

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年5月11日 (金)

インカ帝国展に行ってきました

上野の国立科学博物館で公開中のインカ帝国展に行ってきました。

展示内容は考古、人類学、歴史に分かれているのですが、展示の量も適切で小一時間で回れました。

01
                          国立科学博物館HPより

何と言ってもマチュピチュの3D映画は特筆物です。コンドルの目で遺跡をめぐるのですが、とても迫力があります。

入場料1400円の価値はあります。6月24日までです。

Top_title1

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年5月10日 (木)

猫ひろし問題について

カンボジアの代表としてマラソンでロンドン・オリンピック出場をめざしていた猫ひろしが、国際陸連から資格なしと認定されて、オリンピックに出場できなくなった。

猫は次のリオのオリンピックの出場をめざすという。

カンボジアの代表選手として出るというならば、国籍の取得だけでは十分ではないであろう。

最低限、

1.カンボジア語を習得する。

2.年の半分以上はカンボジアに居住する。

3.カンボジアに「骨を埋める」ことを表明する。

くらいのことをしないとカンボジア国民の期待を担っての代表ということにはならないのではないだろうか。

今回の騒動は日本とカンボジアの関係にとってもマイナスであると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月 5日 (土)

久々の原発のない日本

今日、泊原発が停止して日本のすべての原発が止まります。

おそらくこの夏は原発抜きですごすことになるでしょう。

あれだけの大事故を起こしていながら、旧態依然の手法で再稼働を訴えても受け入れられるわけがない。

「絶対安全」と「電力不足」とで、脅したりすかしたり・・

原子力村自体が発想の大転換をしなくては無理でしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年4月19日 (木)

追悼:山本正さん(日本国際交流センター理事長)

山本正さんのご葬儀が昨日、上智大学の隣のイグナチオ教会でしめやかに執り行われました。

山本さんの名前を知っている人はおそらく稀でしょう。舞台の表には出ず、自身でも「黒子」に徹すると常々言っておられました。お通夜には3人の元首相を始めとして1000人以上もの方々が参列していました。

山本さんの業績が新聞などで取り上げられていますが、それらはすべて日米関係に関するものです。私は1980~86年に日本国際交流センターで働かせていただきましたが、そのときの私の仕事はアジアであり、国際協力でした。

新聞などに取り上げられない山本さんの功績を二つ紹介させていただきます。

ひとつはNGOによる国際協力の草分けの仕事です。NGOというと途上国に学校を作るなどの慈善的な活動が目立ちます。山本さんはそのような日本人中心のやり方ではなく、現地のアジアの人々によるNGOを支援するやり方を考えていました。それはアメリカの財団などのやり方をお手本にしていたからです。私や上司であった伊藤道雄さん(その後国際協力NGOセンター事務局長)は1980年代の初頭にアジアの国々をまわって、各国の地元のNGOのダイレクトリーづくりをし、それら地元の団体に支援金が回るようにしました。

もとひとつの業績は「NPO法」です。官尊民卑が強い時代にあって、山本さんは民間の公益活動の重要性を訴え、1970年代後半にはアメリカやヨーロッパのフィランソロピー(慈善活動・公益活動)についてのシンポジウムを数回開いていました。その中で日本の民間公益活動における法制度や税制の不備を度々指摘していました。NPO法が成立するのはそれから20年後、1998年のことです。

山本さんは敬虔なクリスチャンで、上智大学の出身でもあります。何よりも家族を大切にし、また国際交流センターのスタッフも家族同様に思っていました。センターを10年以上も前に離れた私の同僚たちもボランティアで葬儀のお手伝いを買って出ていました。

今はただただご冥福をお祈りするのみです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年4月 1日 (日)

『若者の居場所と参加-ユースワークが築く新たな社会』

10年ぶりの居場所論です。今回は与えられる「居場所」ではなく、若者自らが積極的に創り出す居場所、そしてユースワークの役割に焦点を当てました。

100560


『若者の居場所と参加-ユースワークが築く新たな社会』
 田中治彦・萩原健次郎編著、東洋館出版社
 2012年4月刊、2500円+税

はじめに
序 若者の居場所とユースワーク         

Ⅰ.なぜ「居場所」なのか?
 第1章 近代問題としての居場所
 第2章 「居場所」の批判的検討       
 第3章 子ども・若者支援の政策と課題   
 第4章 若者の「居場所」へのまなざし-史的考察

Ⅱ.居場所が生まれる場
 第5章 地域の青少年育成活動と居場所づくり
 第6章 青少年センターでの居場所づくり  
 第7章 高校の部活動と居場所づくり      
 第8章 居場所と参加を生み出す方法論
 第9章 若者支援とユースワーカー

 
Ⅲ.居場所を生み出す社会
 第10章 市民と行政の協働による居場所づくり 
 第11章 子ども・若者を支援する行政との連携・協働の課題
 第12章 居場所を生み出す「社会」の構築 

年表
法令
おわりに

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月30日 (金)

『アジア・太平洋地域におけるESDの新展開』

アジア太平洋地域の国々におけるESDをまとめてご紹介した本です。

『アジア・太平洋地域におけるESD
〈持続可能な開発のための教育〉の新展開』

阿部治、田中治彦(編著)

明石書店、2012年3月刊、4200円+税

《目次》
第1部 アジア・太平洋のESDネットワーク(座談会)

第2部 アジア・太平洋の各国のESD
 東アジア 日本、台湾、韓国
 東南アジア カンボジア、タイ、インドネシア、マレーシア
 南アジア インド、バングラデシュ、ネパール
 南太平洋 フィジー、バヌアツ、ソロモン諸島、パラオ、オーストラリア

Asia_pacific_esd


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月29日 (木)

日タイ協力による参加型学習マニュアル

『グローバリゼーションと参加型学習-アクション・リサーチ報告書』 

 開発教育協会とタイのISDEP(持続可能開発教育研究所)が5年間にわたって共同で行った参加型学習マニュアルの開発プロジェクトの最終報告書です。タイの若手のNGOワーカーの研修プロジェクトを実施しながら、参加型学習のテキストを開発しました。報告書には以下の11の参加型学習教材が収録されています。半分はDEAR、半分はISDEPが製作したもので、タイのみならず、アジア学院の研修にも活用されています。

 
 アクティビティ
 1 参加のはしご(DEAR製作)
 2 羊・豚・虎・ライオンの物語
 3 グローバリゼーションとコーヒー(DEAR製作)
 4 世界市場(貿易ゲーム)(DEAR製作)
 5 市場
 6 商品のブランド品
 7 風が吹く
 8 つながりの紐
 9 グローバリゼーションの中の私
 10 私と携帯電話(DEAR製作)
 11 パーム油(DEAR製作)

 この報告書は「立教大学ESD研究センター」のホームページでPDF版で提供されています。
 
 フロント・ページ「ESD研究センターの成果物」→「報告書」とお進みください。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月28日 (水)

『続・先住民族とESD』

今年に入ってからずっと悩まされ続けていた4つの出版物もようやくめどが立ちました。まずはESD教材の『続・先住民族とESD』です。昨年、好評であった『先住民族とESD』の続編として作られました。小学生にも実施できる教材として「あんな服こんな服」「シコツの500年」を収録しました。開発教育教材のなかでも5本の指に入るほど秀逸な教材です。

『続・先住民族とESD』目次
はじめに   
解説 先住民族をめぐる課題とESD教材 
教材1 あんな服こんな服 
教材2 シコツの500年  
コメント みんなが描く未来 

本教材の入手方法は「立教大学ESD研究センター」のホームページでご覧ください。

Zoku_senjuminzoku

| | コメント (2) | トラックバック (0)

«ふかしぎ写真館-笑える写真